秦河勝−「風姿花伝」
かの河勝、欽明・敏達・用明・崇峻・上宮太子に仕え奉り、此の芸をば子孫に伝へ、化人跡を留めぬによりて、摂津国難波の浦より、うつほ舟に乗りて、風邪にまかせて西海に出づ。播磨の国坂越の浦に着く。浦人舟を上げて見れば、かたち人間に変れり。諸人に憑き祟りて奇瑞をなす。則、神と崇めて、国豊也。「大きに荒るる」と書きて、大荒大明神と名付く。今の世に霊験あらた也。本地毘沙門天王にてまします。